「平治の乱」へのおさらい5

源左馬頭義朝
赤地の錦の直垂に黒糸威の鎧、鍬形を打った五枚兜の緒を締めて、怒物作りの太刀を帯び、黒羽の矢を背負い、節巻の弓を持って、黒鴾毛の馬に黒鞍を置いて、日花門に引いておいた。年三十七、眼差しも面魂も他の者とは違っている。

嫡子悪源太義平
生年十九歳、練色の魚綾の直垂、八龍といって胸板に龍を八つ打ってつけた鎧を着て、高角の兜の緒を締めて、石切という太刀を帯び、石打の矢を背負い、滋籐の弓を持って、鹿毛の馬ではやり立つのに、鏡鞍を置いて、父の馬と同じ向きに引いておいた。

中宮大夫進朝長
生年十六歳、朽葉色の直垂に澤潟といって、澤潟威にした代々伝わる鎧に、星白の兜をかぶり、薄緑という太刀を帯びて、白箆に白鳥の羽で作った矢を背負い、所籐の弓を持って、葦毛の馬に白覆輪の鞍を置き、兄の馬にそえて引いておいた。

右兵衛佐頼朝
十三歳、紺の直垂に、源太が産衣という鎧を着て、星白の兜の緒を締めて、髭切という太刀を帯び、十二本さした染羽の矢を背負い、滋籐の弓を持って、栗毛の馬に、柏と木菟を摺った鞍。

平治物語より)

すべてが滅ぶことに備えた死化粧である。