2008-11-01から1ヶ月間の記事一覧

泉州堺事件と切腹 その壱

「堺事件」 Le Monde Illustr 外国人が日本の「武士」を想像するとき、髷を結って刀を差してと云った姿と同時に、「腹切り」(harakiri)を思い浮かべるでしょう。人によっては残酷でグロテスクな行為と考えるでしょうし、中には理解し難い武士の精神性に、…

続「言葉」で綴る 西郷隆盛

「西郷隆盛像」 鹿児島市城山町 「三郎様は地五郎(じごろ)でごわす」西郷隆盛が島津久光に向かって言った「台詞」でが、「地五郎」とは「田舎者」といった意味です。 西郷は「安政の大獄」のとき、幕吏の目を欺く為に奄美大島に潜伏していましが、「桜田門…

「言葉」で綴る 西郷隆盛

西郷隆盛 前回、坂本龍馬の事を書きましたが、今回は西郷隆盛にしようと思います。 表題に付けた「言葉」とは、西郷自身や周りの人が話した「台詞」とでも言えばいいのでしょうか、西郷の人と成りが顕れているものを探してみました。西郷の経歴や活躍を、改…

坂本龍馬奇譚「いろは丸事件」  後編

岩崎弥太郎 この「いろは丸事件」の少し前、慶応3年(1867年)頃から、坂本龍馬は土佐藩の執政後藤象二郎と親しくなっていました。後藤は本来、暗殺された土佐藩参政吉田東洋に近い人物ですから、武市半平太によって結成された、土佐勤王党の出身である龍馬…

坂本龍馬奇譚「いろは丸事件」  前編

坂本龍馬 幕末の有名人で最も人気があるのは、坂本龍馬(竜馬と書くのもありますね)かもしれません。2010年のNHK大河ドラマの主役も、龍馬のようですから、この論でいけば相当に視聴率も良いことでしょう。しかし水を差すようですが、私はそれ程好きではな…

二十一回猛士吉田松陰 その四

吉田松陰は野山獄に入牢中から、有名な尊王僧、周防の僧月性や安芸の僧黙霖と文通をしています。 月性は、西郷隆盛と入水自殺をした、僧月照とよく混同するのですが別人です。僧月性は熱心に海防の急を説いていた尊王攘夷の僧で、「人間到る処青山有り」で始…

二十一回猛士吉田松陰 その参

松下村塾の門弟で優秀だったのが、高杉晋作、久坂玄瑞、吉田栄太郎(稔麿)、入江杉蔵(九一)の四人で、「松門四天王」と呼ばれていました。 松陰はそれぞれの人物評を残しています。 高杉晋作の事 「性質は傲慢で、人の言うことに耳を傾けないように見える…

二十一回猛士吉田松陰 その弐

表題に付けた「二十一回猛士」は松陰の号です。 生家の姓「杉」の字を分解すると、「十、八、三」となるので足して「二十一」。また現在の姓「吉田」を分解すると「十、一、口、十、口」となり、組み合わせると「二十一回」になるわけです。松陰が獄中で見た…

二十一回猛士吉田松陰 その壱

吉田松陰が、類い希なる教育者であることは、門下生を見れば解ります。 久坂玄瑞、高杉晋作、桂小五郎(木戸孝允)を初めに、伊藤利介(博文)、山縣小輔(有朋)、山田市之丞(顕義)、吉田稔麿、品川弥二郎、佐世八十郎(前原一誠)と皆維新運動に挺身し、…

出羽浪人 清河八郎

人を評価するとき、本当に人格や能力を、客観的に見て行っているでしょうか。実際はその人の血筋、家柄や所属している組織など、背景に目を奪われて、正しく評価が出来ていない事もあると思います。この男は後盾が何もなく、徒手空拳の身で多くの人々に影響…

神道無念流免許皆伝 永倉新八

新選組隊士に阿部十郎(隆明)という者がおりました。この阿部ですが、明治三十二年に新選組元隊士の談話を集めた「史談会速記録」に次のように語っています。 「近藤の部下の中で剣の腕は、沖田(総司)はなかなかよく、その次は斎藤(一)、そして永倉は沖…